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なんでそんなに本読むの? 僕が年100冊の本を読む理由2つ

読書 考え事いろいろ

 

 

僕は年約100冊(ちゃんとした数字は把握していません)本を読みます。

ですが読書が趣味というわけでは決してありません。

 

そんな中タイトルにもあるように「なんでそんなに本読むの?」という質問。

でも、正直僕からしたら逆に「なんで本読まないの?」って逆に聞きたいぐらいです。

 

自分の無能さを知る

 

ある程度の年齢になると周りに「あれをやれ、こうしろ」と言ってくれる人もいなくなります(そういう人がいたところで無理やりやらされていることに価値はないと思いますが)

 

となると自分からそういった新しいものを取り入れていかないといけません。

僕にとってのその手段の一つが読書なだけです。

 

そして実際本を読み新たな知識や考え方を身に付けたうえでそれまでの自分の考えや行動を振り返ると無知というか無能というか恥ずかしくなります。

 

でもその恥ずかしいということは確実にそれ以前の自分よりも成長した証なのでとてもいいことです。

 

逆に長期間本を読んでおらずそういう瞬間に出会えてないときはなんだか頭が悪くなった気がして仕方ないです。

 

 

なんでもできそうな気持になるドーピング

自己啓発本なんかを読んだら単純な僕はよくなんでもできそうな気がしてきます。

ってか、実際やってみればできないことの方が世の中少ないと思います。

 

でも、失敗したらとかめんどくさいとか何かと理由をつけてやろうとしないとかできないと思い込んだりとかなんとなくやらなかったりということが多いです。

 

でも、そういった本を読んだ直後はなんか何でもできそうな気がしてきて「あんなこともやってみようかな?」というような新たな自分の可能性を自然と掘り起こそうとします。

 

あくまで何でもできそうな「気」がしているだけです。読む前と後で僕はさほど変わってはいないのかもしれません。

でもそんな「気」がしたおかげで新しいことに手が出せるようになります。

 

ですがこの状態はそう続かず、すぐ以前の状態に戻ってしまいます。そしたらまた同じような本を読んで新しいことをやりたくなる状態に持っていきます。

 

もう言うならある種のドーピングですね。

 

 

僕にとって読書は「しないとヤバい」ものです。

知識がない、自分が無知であることを知らないことや何も新しいことをやろうとしない、そういう状態に自分がいるということを知らないということは恐怖でしかありません。

 

新しい知識を取り入れない、新しいことをしないというのは人生の停滞の始まり、というか退化の始まりですね。

 

いい年して自分は何でも知っているような顔して実は何もわかっていない無駄に年だけ取った大人周りにいませんか?

 

簡単に言えば、僕はああならないために読書をしています。

 もちろん読書をすることで得られるものはもっともっといっぱいあります

 

みなさんもこの冬今まで気になっていた本を思い切って手に取ってはいかが?