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成功の全てを「努力」と「才能」で片づけるのいい加減やめない?

考え事いろいろ

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オリンピックが終わり活躍した選手たちが最近テレビに出てたり、史上最年少プロ棋士になった中学生が話題になってる今日この頃。

 

もちろんそういった成功者の話が聞けるというのは素晴らしいことでその内容もとても興味深いものですが、番組の構成のしかたや見てる側の多くの人が成功者は血のにじむような努力をし、先天的な素晴らしい才能があったから成功した(逆にそれがないとムリ)みたいな。

 

それは違くないですか?

 

成功するには血のにじむような「努力」と先天的な素晴らしい「才能」が必要みたいな風潮もうやめません?

 

努力をしてるうちは確実に成功できない

ぼくは小さいころからこういったいろいろな業界で成功した人の成功話などをテレビで見る度に親から「あんたも〇〇(成功した人)みたいにもっと~~(勉強や習い事など)努力しなさいよ」と言われ続けていたためこういった番組を見るのが好きではありませんでした。

 

努力というとどうしても辛いもの、苦しいもの、辛気臭いものというイメージがありそれを耐えて乗り越えて成功があるみたいな。

 

確実に違います。

苦しい辛いいわゆる「努力」をすればある程度のスキルは身につきレベルアップはできることでしょう。

 

でも、ただ苦しい辛い「努力」を耐える経験をしてもそこからもっとレベルアップするためにはという向上心や新しい可能性を探ろうとする探究心は生まれません。当たり前ですが。

 

例えば、史上最年少プロの藤井くんは幼少期の頃から辛い思いをしながら将棋を指していたでしょうか?

 

インタビューはたどたどしく受けている藤井くんでも将棋をしているときの顔は真剣な中にもすごく楽しそうというか充実感のある表情をしていますよね?

 

つまり、楽しさや達成感がなく辛く苦しいいわゆる「努力」をしてるうちは成功はできないんですよ。

才能がないから...というあなたは間違いなく成功する才能がないですよ

 

成功してる人を見た時や何かをしているとき、やろうとするとき一言目に「自分は才能がないから...」という人がいますがそういう人はその競技云々の前に成功する才能がないです。

 

「頭が良い」だとか「運動神経がある」だとか世の中には「才能」と呼ばれるものがたくさんありますが果たしてその「才能」だけで成功できるかってハナシですよ。

 

もちろん人間できることできないことはありますそれは「才能」によるものが多いですが、成功を収めるにはその自分のできること、できないことのなかからできることをひとつでも多く探してそれをどう生かすかを必死に考えて行動しているだけですよ。

 

「才能がある」人が何でもできるかと言われたらそうではないですし、今はまだ「才能がある」とは言われてない人が何もできないかと言われたらそんなことありえないわけです。

 

「自分は才能がない」といってる人はただその自分に何ができるのかというのを探ることやそれをどう生かすかを考えることを怠ってるだけですわ。

 

ここまで読んでも自分に才能がないと思うならまず才能がないと思ったり口にしたりするのを辞めるとこから始めません?

「努力」だとか「才能」だとか言いながら遠くからただ成功者を眺めるのってただの「甘え」ですからね?

もちろん成功者が努力を全くしてなく、才能のかけらもないなんてことはありえません。

 

成功者の多くは自分の得意なもの(才能があるもの)を見極めてそのうえで失敗を繰り返しながら何を伸ばすべきか考え楽しさややりがいを持ちながら成功しています。

 

血のにじむような練習にただ耐え、先天的な才能()に物を言わせて成功なんてありえません。

 

成功を「努力」と「才能」で片づけるのはその成功者を見ながらそうはなれないと思いこもうとする人たちの「逃げ」だとか「甘え」の言い訳でしかないです。

 

もういい加減成功者の成功を「努力」と「才能」で片づけるのやめません?

ハッキリ言ってただただウザいだけですよ?